私がよくお邪魔する
Camomileの散歩道 というブログにとても綺麗なタンポポの画像がアップされています。
そういえば、今朝目にしたタンポポは、アスファルトの割れ目からしっかり咲いていました。とても可憐な花なのに、逞しいんだなぁって感心しました。
もし誰かに、「タンポポのような人」なんて言われたら、最高に嬉しいだろうなって思いつつ、もう一つ、あるお話を思い出しました。
それは、ドラえもんの中の「タンポポ、空を行く」というお話なのですが・・・、
ある日ドラえもんは、タンポポの花を捨てようとしていたのび太くんに、それをかけると草花の気持ちがわかる、というメガネを渡します。そしてそのメガネをかけたのび太くんは、タンポポのけなげな気持ちを知り、大事に育てるようになり、やがてタンポポは美しい花を咲かせて「のび太さんのおかげ・・・」とお礼をいいます。
そして、タンポポはいつか、綿毛になって・・・。
タンポポの花がお母さんで、綿毛は子どもたちです。
綿毛たちは、旅立つ日を目前にして「いよいよかな、いよいよだね」と心の準備をしています。
そしてある日、強い風が吹いたとき、綿毛たち(子どもたち)は「いってきま~す!」と勢い良く飛んで旅立っていきます。タンポポ(お母さん)は、「行ってらっしゃ~い!しっかり花を咲かせるのよ~!」と見送ります。ところが・・・、
一つだけ綿毛が残っていて、その綿毛は「いやだ~、行きたくない~!」「お母さんから離れたくない~!」と泣きじゃくって離れようとしません。困ったタンポポ(お母さん)はその夜、綿毛に「ママも、旅立つ時は不安で恐かったのよ」「でも勇気を出して、飛んだのよ」「あなたならきっと大丈夫よ」などなど、優しく言い聞かせます。
そして朝が来て、最後の綿毛は一大決心をしてタンポポに別れを告げ、元気良く旅立っていきます。「じゃあお母さん、行ってきま~す!」「気をつけて行くのよ~!」
空高く飛んでいく、一本の綿毛(子ども)・・・
それをずっと見送っているタンポポ(お母さん)・・・
だいたい、こんなお話だったと思うのですが、
最後に残った綿毛の子どもと、私の子供たちの姿が重なって、涙が止まりませんでした・・・。
うちの子供たちにも、いつかこんな日がくるのは避けられないけれど、その時、きちんと送り出す事ができるだろうか、子どもの為に一番いいように考える事ができるだろうか・・・。そんなことを考えさせられました。
まだまだ先の事と思っていても、その日は以外に早く訪れるかもしれませんものね・・・。